D.ノーマン
便利なモノにつきまとう不快さ:D・A・ノーマン氏にきく「配慮のある技術デザイン」CommentsAdd Star
>マウスが要らなくなる日はいつくるのでしょうか。
>うまくいっているものをなくす必要はないでしょう?
>このように、適応は起こります。
>初め、「C』を入力するのに3回もボタンを押すなんて馬鹿げている」と答えたことでしょう。しかし、人はそれを学んだばかりでなく、非常によく慣れました。
人がモノに適応する。
モノは人が作るのだから、人々を誘導するようなモノを創るという意味で、
とても良い気がした。携帯のボタンに関しては、その誘導が正しのかどうか、
なんとも言えないけれど。
>世の中の多くのシグナルは、どんなものとも関連がありません。
>完全に恣意的
確かに。。
世に出回る製品は、あらゆる点で、恣意が多い。
それに対するユーザーの反応は薄い。
少し使いづらくても、
「まあ、しょうがないよねー」
ってのが、心のどこかにあるし、
そもそもどこまで望んで良いのかすらわからない。
それに、そこまで関心なくても、新しいものは次々と出る。
そして、新しいけど、どう良くなったのかもよくわからん、というのも現実。
ユーザーの多くは、モノの内容よりも、売り出した時期(新しいか、古いか)
と値段の方が気になるところかも。どうせまた数年たったらその時の新しいものに買い換えるし。みたいな。
これって、結構開発側からしてみるとヌルい環境だ。テキトーにやってもそこそこ売れる。
ヌルいけど、ユーザーからの反応が薄い分、問題点や方向性の確認に苦労するんだろうな。
総じて、
これからの技術開発は、開発側よりも、ユーザー側がカギを握ってるように思えた。